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群馬出身の望郷男と、群馬県のこと知らない他国者が、勝手に書き込んでいるブログです

2018年 10月 26日 ( 1 )

2018年 10月 26日

養蚕支えた製麺機 企画展で蘇る70台 3日から安中

(1031)粉食文化との関係伝えたい

 繁忙期の養蚕農家の食事づくりに重宝されたという家庭用製麺機を集めた企画展「蘇る手動製麺機展」が3日、群馬県安中市安中の旧碓氷郡役所で始まる。西毛地域の農家の蔵や納屋に眠っていた70台を展示する。主催する同市の地域づくり団体「未来塾」の松本立家代表(61)は「群馬の養蚕と粉食文化の関係を紹介しながら、それを支えた製麺機を後世に伝えていきたい」と話している。11日まで。
一般農家にあった手動式製麺機
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 手動製麺機は昭和の終わりごろまで、主に農家に普及した。鋳物製で、ハンドルを回して生地を延ばし、麺を切ることもできる。子どもでも短時間で手軽にうどんなどを作れるため、繁忙期の養蚕農家などで使われたという。

・・・・

群馬男はこどものころからよくこれを使って、「お切込み」を作った

忙し気に働いていたおっかさんに代わって
「おっかさん、粉どのくれぇこねるぅ?」
「うん、そうだなぁ、2升もこねりゃぁいいだんべぇ。粉ぁ計るときゃぁ、升ですくっちゃぁいけねぇよ。升を置いて、手で粉ぁ升ん中に入れるんだ、そうしてそぉっと上を平らにするんだよ」

後からおっかさんに聞いたんだけど、こうしねぇと小麦粉の場合は、やり方で粉の量が違っちゃうんだそうだ、米は硬いから関係ねぇんだと。


それをでっかい捏ね鉢でちょうどいい硬たさに捏ねて、打ち粉を敷いた麺場板に持ってってコッペパンの形にして、機械に欠けるちょうどいい形に切る。
切り口に粉をよく付けて、機械のローラーの隙間を広くして最初は暑い板状に伸ばす、もう一回それをもう一回2つに折って同じ間隔のローラーで伸ばす
これを何回もやると腰のある面ができる。
後はローラーの間隔を狭くして薄く延ばすんだけど、・・・こんなことをだrだら書いたって仕方ねぇからよすべぇ。

その間のおっかさんはでっけぇなべに手際よくありあわせの具材を入れてダシは煮干しで味噌汁を作る。
おっかさんは、俺が作った生めんを20~30センチぐらいに切ってぐらぐら煮え立った具だくさんの味噌汁の中によくほぐしながら入れる。(長いと食いずらい)
これが我が家のおきりこみの作り方っつう訳だ。

なんだ、知らねぇ間におきりこみの作り方んなっちゃったなぁ。
俺は、このおきりこみと麦飯で育ったんだ。

・・・・・・

それで話を戻すと。

 松本代表らは製麺機を残そうと、数年前から安中市や富岡市、高崎市の農家などを回って収集。1台ずつ分解し、洗浄や色付けなどを行い、復元した。現在は150台ほどが集まったという。


 展示では、国内初の手動製麺機とされる「真崎式」や高崎市で製造された「高陽」などの貴重なものから、「小野式」「田中式」といったポピュラーなものまで幅広く並べる。分解した部品を展示するほか、修理の実演もする予定だ。

 松本代表によると、当時、全国に流通した手動製麺機のうち、半数ほどが本県で使用されていたという。本県特有の産業と食文化を支えた製麺機を知る人が少なくなっていることを惜しみ、次世代に伝承することを目指している。

・・・・・

うどんだの、おきりこみだのを作るんにゃぁ、この機械だけじゃぁできねぇ。
このほかに麺場板(めんばいた)っつう3尺四方くれぇの板が必要なんだ。

麺場板
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麺を作る作業はほとんどこの板の上でやる。
機械で平らに伸ばした麺記事をこの麺場板の上に並べて、そこで打ち粉を付ける、これを付けねぇと麺生地が機械のローラーに貼りついてしまう。

もう一度打ち粉を両面に塗るようにかけて麺切りローラーにかけると、そこで生めんができる。

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打ち粉が足りなかったり、麺生地の捏ね方が柔らかすぎると、生めんにした時くっついて麺にならなくなっちゃうんだ。

この「おきりこみ」は手がかからなくて、農家の繁忙期には、主婦の味方だった、それを手伝ったこどもらも主婦の味方だった。


この「蘇る手動製麺機展」は
 午前9時(初日は午後1時)~午後4時(最終日は同1時)。5日は休館。問い合わせは未来塾(電話027・382・6225)へ。

他国者

2升もこねりゃぁいいだんべぇ

この量は丼くらいの麺ができるのでしょうか?
想像がつきません。

養蚕支えた製麺機とは

かつては短時間で手軽に食事を作れる食事のメニューの麺 お切込み、
養蚕農家の繁忙期の負担を軽減するのに重宝した製麺機です。
うどん作りを子供の仕事としていた家庭もあったようです。


群馬男の家も子供たちがお手伝いしていたのです。




by gunmaotoko | 2018-10-26 23:08 | Comments(0)


群馬で生まれ群馬で育った男のブログ 今は故郷を離れ遠くの町から  こよなく群馬を愛する男と、群馬を全く知らないひととのブログです。


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