群馬出身の望郷男と、群馬県のこと知らない他国者が、勝手に書き込んでいるブログです
2018年 07月 23日

高崎を文字通り潤した偉人 長野業正


(984)高崎を潤し発展させた長野堰




長野堰なくして高崎なし

高崎市と言えば今では合併して、かなり広い区域が高崎市となっているがそれ以前の旧高崎市のあたりは、このビデオでも説明しているように低い所を流れる烏川と井野川に挟まれた水のない不毛の台地だった。
長野堰は、水利に乏しい高崎の台地状の地形を潤すため、古くは室町時代より農業や市民生活に利用され高崎市発展の礎として大きく貢献し、平成28年に世界かんがい施設遺産にも登録された。




水利に乏しい高崎の台地状の地形を潤すため、古くは室町時代より農業や市民生活に利用され高崎市発展の礎として大きく貢献し、平成28年に世界かんがい施設遺産にも登録された長野堰用水をテーマにした展示が、高崎シティギャラリー第二展示室で7月20日(金)より始まる。


歴史上の人物や事変にどう長野堰用水が関わり、長野堰用水からどんな恩恵をうけて高崎が発展していったのかを年表や写真などを通して紐解く展示となる。特に江戸期や明治期の高崎市街地と長野堰用水の関係を再現した緻密で迫力あるジオラマは必見。



会場:高崎シティギャラリー 第二展示室

日時:2018年7月20日(金)~24日(火) 午前9時~午後5時まで
(ごめんなさい、この展示会残りの日にちがなくなりました)

入場:無料



長野堰は、群馬県にありながらなぜ長野堰かというと、こんなわけなのです。
928年(延長6年)に長野康業が長野堰の開発に着手したと伝えられています。
時代が下って1551年(天文20年)長野康業の子孫である4代目箕輪城主の長野業正は長野堰を整備し、現在の長野堰の原型を作ったのです。そのことから、この農業用水を長野堰と呼んでいます。

当時、現在の頭首工付近で烏川と合流していた榛名白川から取水して、榛名山南麓を中心に灌漑していた。
その後、支配者が後北条氏、井伊氏、松平氏などに変わったが、各時代で用水路の延伸や整備が進められていって、1708年(宝永5年)高崎藩主・大河内輝貞は、榛名湖から隧道(ずいどう)を掘ることで引水しようと試みたが頓挫した。
1904年(明治37年)長野堰の水量を確保するために、榛名湖から榛名川を経由して烏川に流すために榛名山天神峠に隧道が開削された

頭首工というのは、湖沼や河川などから、用水を取り入れる水利施設のことで、取水堰、取入れ繰り、必要に応じて魚道、流木道なども含みます。
用水路の頭首に設置される工作物からこの名があり、業界では一般的に使われています。

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長野堰の頭首工は烏川にかかる町屋橋の上流300mほどの所に設置されたがその後、水が足りなくなり、榛名湖の水を榛名白川を通して烏川に導入しその下流に頭首工を設置して、取水している。

長野堰頭首工
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そして下流に向って流れながら所々に取水口を設けそれぞれに水の恵みを配ってくだり、高崎市住吉町の取水堰で取り出した水は、高崎城のお堀の水として利用されてきた。

長野堰から取水する取水堰
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JRの線路や関越自動車道をくぐった水は、さらにその先の江木町の城東小学校南側の地点で地獄堰・上中居堰・矢中堰・倉賀野堰の4水路に分流する。この分流の水量の多少をめぐって争いが絶えなかったため、1962年(昭和37年)に円筒分水堰を建設した。これは、円筒形の施設でサイフォンの原理を利用して水量を公平に分ける斬新な方法である。4水路は各地域に用水を供給した後、烏川や井野川に注ぐ。

長野堰・円筒形分水堰(高崎市江木町)
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これを書きながら群馬男は考えた。
こんな重要な施設長野堰の上を、何も知らずに3年間歩いてきたことになるんだなぁ。
北高崎の駅から学校に行くには堰の流れの上を通らなければ行けないのだった。

高崎市はこうして最初は農業で、のちに商業都市として、交通の要衝として発展してきたのであった。

他国者

まったく知らなかった長野堰でした。
かかわった人の名前からなづけられたという 群馬男の説明でわかりました。 

かんがい用水はもとより、現在は防火用水、環境用水として、幹線水路上はポケットパークに提供し市民の憩いの場となっているのです。





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by gunmaotoko | 2018-07-23 20:24 | Trackback | Comments(0)
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