群馬出身の望郷男と、群馬県のこと知らない他国者が、勝手に書き込んでいるブログです
2018年 03月 27日
直木賞作家、西加奈子さんの小説を原作にした映画「まく子」の撮影が、群馬県中之条町の四万温泉を中心に21日に始まる。
温泉協会と伊参スタジオ映画祭実行委員会が協力し、撮影は4月上旬まで、全て県内で行われる。協会は「映画をきっかけに全国の人に四万温泉の魅力を感じてもらいたい」とPR効果に期待している。
作品は小さな温泉街を舞台に、小学5年生の少年が転校生の少女との交流を通じて成長していく姿を描いた同名小説が原作。
直木賞受賞後の第一作で、「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」のPFFアワード2012でグランプリを受賞した鶴岡慧子さん(長野県出身)が監督を務める。キャストは今後発表されるが、既に行われたオーディションを通過した地元の関係者も出演する。劇場公開は来春の予定。
制作会社の担当者によると、温泉街の規模やレトロな雰囲気が残る風景などが作品に合っているとして、ロケ地に選ばれた。町内の旧小学校や渋川市内でも撮影する。
協会は「街並みを評価してもらってうれしい。これほどまでメインのロケ地になったことは今までなかったので、映画によって四万温泉の知名度向上につながればいい」と喜んでいる。
群馬男
物語の内容も詳しくは知らないのでどのあたりでどんな撮影が行われるか知らないが。
四万温泉と言えば、3年ほど前に一度泊まったことがある。
温泉街に行く途中の四万川の岩の川床に丸い大きな穴が開いた「甌穴」がある。
川床の穴に落ちた岩が、川の流れのためにその穴から出られずに岩を削ってできたと言われる。
四万川の甌穴
私は、温泉街のはるか上にある滝に行きたいと思ってなるべく上の方にある宿に泊まった。
薬師堂について
この薬師様は、このあたりの地名をとって「日向見薬師=ひなたみやくし」という。
四万温泉、温泉街の一番奥の方に薬師堂があります。
昔は国宝だったが、戦後になって法律が変って重要文化財になったという薬師堂と御籠堂です。
不思議な配置で、それほど大きくない古い茅葺屋根のお堂が二つ縦に並んでいる。
手前側のお堂には「日向見薬師堂」と表示してあり、普通それが薬師堂だと思う人が多いようだが、これは「御籠堂=おこもりどう」と言って薬師さまに願いをかけに来た人がそこに何日か籠って願をかけるためのお堂で、その裏側に「薬師堂}と記された茅葺屋根のお堂がある。
手前にある御籠堂
その奥にある本堂
お祭りされている薬師様は「薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)」といい、久しく治らない病気を治してすべての人を病気の苦しみから救ってくれる仏様といわれています。
薬師堂は、間口3間、奥行3間、寄棟造三間四面。江戸幕府が開かれる前の慶長3年(1598年)時の領主、真田信幸の武運長久のために建立したものであり、室町時代の建築様式(唐様和様の折衷)を残しています。堂内の厨子は天文6年(1537年)に造られたものです。
他国者
四万温泉は昔から「飲めば胃腸によく、入れば肌によい」と言われ、多くの方に愛されてきました。 四万温泉の中に点在する飲泉所で、散策の途中などにちょっと一息お湯を味わってみてはいかがでしょうか。四万温泉では他にも、お宿の中に独自の飲泉所を持っている宿もあります。
※各飲泉所に提示してある用法・用量を守ってお飲みください。
ゆずりは飲泉所(足湯もあります。
四万温泉で撮影映画「まく子」
(926)四万の病を治す湯・四万温泉
直木賞作家、西加奈子さんの小説を原作にした映画「まく子」の撮影が、群馬県中之条町の四万温泉を中心に21日に始まる。
温泉協会と伊参スタジオ映画祭実行委員会が協力し、撮影は4月上旬まで、全て県内で行われる。協会は「映画をきっかけに全国の人に四万温泉の魅力を感じてもらいたい」とPR効果に期待している。
作品は小さな温泉街を舞台に、小学5年生の少年が転校生の少女との交流を通じて成長していく姿を描いた同名小説が原作。
直木賞受賞後の第一作で、「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」のPFFアワード2012でグランプリを受賞した鶴岡慧子さん(長野県出身)が監督を務める。キャストは今後発表されるが、既に行われたオーディションを通過した地元の関係者も出演する。劇場公開は来春の予定。
制作会社の担当者によると、温泉街の規模やレトロな雰囲気が残る風景などが作品に合っているとして、ロケ地に選ばれた。町内の旧小学校や渋川市内でも撮影する。
協会は「街並みを評価してもらってうれしい。これほどまでメインのロケ地になったことは今までなかったので、映画によって四万温泉の知名度向上につながればいい」と喜んでいる。
群馬男
物語の内容も詳しくは知らないのでどのあたりでどんな撮影が行われるか知らないが。
四万温泉と言えば、3年ほど前に一度泊まったことがある。
温泉街に行く途中の四万川の岩の川床に丸い大きな穴が開いた「甌穴」がある。
川床の穴に落ちた岩が、川の流れのためにその穴から出られずに岩を削ってできたと言われる。
四万川の甌穴
私は、温泉街のはるか上にある滝に行きたいと思ってなるべく上の方にある宿に泊まった。
薬師堂について
この薬師様は、このあたりの地名をとって「日向見薬師=ひなたみやくし」という。
四万温泉、温泉街の一番奥の方に薬師堂があります。
昔は国宝だったが、戦後になって法律が変って重要文化財になったという薬師堂と御籠堂です。
不思議な配置で、それほど大きくない古い茅葺屋根のお堂が二つ縦に並んでいる。
手前側のお堂には「日向見薬師堂」と表示してあり、普通それが薬師堂だと思う人が多いようだが、これは「御籠堂=おこもりどう」と言って薬師さまに願いをかけに来た人がそこに何日か籠って願をかけるためのお堂で、その裏側に「薬師堂}と記された茅葺屋根のお堂がある。
手前にある御籠堂
その奥にある本堂
お祭りされている薬師様は「薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)」といい、久しく治らない病気を治してすべての人を病気の苦しみから救ってくれる仏様といわれています。
薬師堂は、間口3間、奥行3間、寄棟造三間四面。江戸幕府が開かれる前の慶長3年(1598年)時の領主、真田信幸の武運長久のために建立したものであり、室町時代の建築様式(唐様和様の折衷)を残しています。堂内の厨子は天文6年(1537年)に造られたものです。
四万温泉発祥の伝説と薬師様そしてお堂の説明
永延3年(989年)のころ、源頼光の家来、碓氷貞光(うすいのさだみつ)が越後から四万奥の木の根峠を越えて日向見(ひなたみ)を通り、谷川の音に心を静めて一晩中お経を読んでいました。夢の中に現れた一人の子どもから「あなたの読経の真心に感心し四万(よんまん)の病気を治す温泉を与えよう、われはこの山神である」と神のお告げを聞き、目を覚ますと温泉が湧き出ていたといいます。そこに祀ったのが日向見の薬師様です。
薬師堂は明治45年(1912年)に国宝に指定されましたが、昭和25年(1950年)の法律改正によって国指定重要文化財となりました。現存する県内最古の寺院建築です。
また、薬師堂の前にある建物が「お籠(こもり)堂」で、薬師様に病気が治るよう、人々がお祈りをするために泊り込みをしたのだといいます。薬師堂を建ててから16年後に建てられたと記録に残っています。お籠堂は、間口約4.79メートル、奥行約3.66メートルで、間口の中央には表から奥に通じる通路があり、薬師堂の正面に出られるようになっています。
永延3年(989年)のころ、源頼光の家来、碓氷貞光(うすいのさだみつ)が越後から四万奥の木の根峠を越えて日向見(ひなたみ)を通り、谷川の音に心を静めて一晩中お経を読んでいました。夢の中に現れた一人の子どもから「あなたの読経の真心に感心し四万(よんまん)の病気を治す温泉を与えよう、われはこの山神である」と神のお告げを聞き、目を覚ますと温泉が湧き出ていたといいます。そこに祀ったのが日向見の薬師様です。
薬師堂は明治45年(1912年)に国宝に指定されましたが、昭和25年(1950年)の法律改正によって国指定重要文化財となりました。現存する県内最古の寺院建築です。
また、薬師堂の前にある建物が「お籠(こもり)堂」で、薬師様に病気が治るよう、人々がお祈りをするために泊り込みをしたのだといいます。薬師堂を建ててから16年後に建てられたと記録に残っています。お籠堂は、間口約4.79メートル、奥行約3.66メートルで、間口の中央には表から奥に通じる通路があり、薬師堂の正面に出られるようになっています。
他国者
四万温泉は昔から「飲めば胃腸によく、入れば肌によい」と言われ、多くの方に愛されてきました。 四万温泉の中に点在する飲泉所で、散策の途中などにちょっと一息お湯を味わってみてはいかがでしょうか。四万温泉では他にも、お宿の中に独自の飲泉所を持っている宿もあります。
※各飲泉所に提示してある用法・用量を守ってお飲みください。
ゆずりは飲泉所(足湯もあります。
by gunmaotoko
| 2018-03-27 20:20
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