群馬出身の望郷男と、群馬県のこと知らない他国者が、勝手に書き込んでいるブログです
2013年 01月 19日

おいべっさま

(32) 望郷    おいべっさま


故郷では、1月20日はおいべっさまの日だ。
恵比寿さまのことを、こう呼んだ。

我が家には、真っ黒の恵比寿様と大黒様が祀られていた。

これも風習によるものだと思うが、神棚は子供には手の届かない高いところにあり、何様を祀ってあったのか知らないがいろいろな神様が祀られていたようだった。

そしてこれもそんな習わしがあるのだと思うが、恵比寿様と大黒様は低い位置の戸棚の中にに祀られていた。

一升ますを模したものと思うがそれよりもだいぶおおきな箱の中に黒光りのする、鯛を脇に抱えた恵比寿様と、米俵の上に座った大黒様がそれぞれ一体ずつ飾られていた。
ちょうどこんな形だが真っ黒だった。
       恵比寿様  
a0290852_22342348.jpg

       大黒様   
a0290852_22355653.jpg


母はこの日は、田舎料理の煮しめを作り。普段は麦飯だがこの日は白米の飯を炊き、大きな漆塗りの器に、手を濡らしてご飯を押さえつけて山盛りに盛り付けたものを一対つくり、恵比寿様と大黒様に供えた。
その時、「おかしらつき」と言って魚を供えたが、それは鯛ではなかった。本当は鯛を供えたかったのだと思うが、当時群馬の田舎で鯛など簡単には手に入らなかったと思う。

この日は、それが何を意味する神様で何のための祝い事かも知らずに、白米のご飯を食べ、煮しめのおかずもあってご機嫌だったことを覚えている。

余談
子供のころ、二者択一を迫られて困ったときこんなことをして決めた。
二つを交互に指さしながら
「えびすだいこくどっちがよかんべぇ、あぁでもこうでもこっちがよかんべ」
最後に指が行った方に決めたのだった。




ものの本によると、恵比寿さまは、いざなぎ、いざなみのみことの子供で、天照皇大神(あまてらすおおきかみ)の弟にあたるが生まれたときから体が弱く、3歳になっても自分で歩くことができなかった。
母であるイザナミノミコトは、そんな我が子を葦の船に乗せて、海に流してしまった。
3さいで何も知らない恵比寿様はそのまま流されて、今の西宮あたりに漂着した。
それを見つけた土地の人は、あわれがって助け上げて、大事に育ててくれた。

この後は私の想像だが、そんなことがあってから、この土地によいことが重なったのだと思う、例えば豊漁とか豊作とか、そこで、これは、あの子供が福をもたらしてくれた。あの子は神様の申し子だということになり、神格化されたものだと私は想像する。
by gunmaotoko | 2013-01-19 00:00 | Comments(0)
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