群馬出身の望郷男と、群馬県のこと知らない他国者が、勝手に書き込んでいるブログです
2018年 01月 10日

妙義山 日本の近代登山発祥地 英国人が前人未到の登頂

(888)あのウエンストンが開いた山・妙義山筆頭岩


上毛三山の一つ、妙義山(標高1104メートル)はその山容から「日本三大奇勝」の一つに数えられる。ちなみに、他の二つは、日本最大の溶岩台地の「耶馬(やば)渓」(大分県中津市)と、浸食された 集塊岩の奇景が続く「寒霞(かんか)渓」(香川県小豆島町)。
だが、「近代登山発祥の地」でもあることを知る県民はどれぐらいいるだろうか。

ウォルター・ウエストン(ニッポンアルプスのの名付け親)

 それは今から1世紀前の1912年にさかのぼる。イギリス人の登山家で宣教師だったウォルター・ウェストン(1861~1940年)が、前人未到の筆頭岩を登頂した際、地元の山岳ガイドにザイルを使って岩山を登る技術を手ほどきしたことから、こう言われるようになった。

 筆頭岩は、妙義山を構成する金鶏山(標高856メートル)の峰の一つ。当時、東側の岩壁のふもとから木や草につかまりながら頂上を目指すのが通常のルートだったが、ウェストンはガイドとともに西側岩壁から岩石の露出した尾根に出て、そこから下り気味の狭い尾根を越え、ほぼ垂直に切り立った高さ200メートルほどの岩尾根に挑んだ。

今は県道からもよく見える筆頭岩
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 2人はザイルを使って頂上に向かい、深く切れ込んだ尾根を渡る際には、先にガイドを渡らせ、ウェストンが後方でザイルをしっかり保持。渡り切ったガイドがザイルを確保して渡ってくるウェストンを支える。それを繰り返し、難関ルートの開拓に成功した。

 ウェストンは1888~1915年にかけて3度来日。日本アルプスなどを踏破し、日本の山を世界に広めた。「登山家W.ウェストンと清蔵」(小林二三雄著、みやま文庫)によると、ウェストンは筆頭岩の攻略後、「日本での経験のうち最もきつく最も興奮する岩登りの末、念願し、待ち望んでいた岩峰を攻略した」と回顧している。

表妙義
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迫力の奇岩、各所に 自然の成り立ち楽しめる

 妙義山中には、自然が作り出した迫力ある奇岩が各所に見られる。「県立森林公園さくらの里」(下仁田町)そばの妙義登山道入り口を進むと「石門コース入り口」がある。周辺の岩をよく見ると、岩の中に石が取り込まれている。噴火の際、火山灰の中に溶岩のかけらを取り込んでいるからだ。

 「第一石門」は、高さ約30メートル、横幅約15メートルもの天然の石門。その先にあるのが、断層に沿ってもろくなった所がえぐられてできた「カニのよこばい(第二石門)」。「第四石門」を通して奥に見えるのが「大砲岩」。「見晴らし台」からは妙義山の険しい山々が一望でき、山の中腹には、その昔、石門だったものが倒れてしまい、門柱とみられる「ロウソク」のような岩がたくさん立っているのが目に入る。現在、筆頭岩の登山は禁止されている。

 下仁田町自然史館職員の関谷友彦さん(31)は「石の門がどのようにできたかを考えながら、自然の成り立ちを楽しむのもいいのではないか」と話している。




他国者

日本にまだ「趣味としての登山」という概念のなかった時代、27歳で初来日し北アルプスをはじめとする日本の名峰を制覇した英国人宣教師ウォルター・ウェストン。
上高地を世界に広く称賛し、登山の楽しみを日本人に紹介したことでも有名です。

上高地の英国人宣教師ウォルター・ウェストンのレリーフ
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群馬男

あんまり記事が長げぇっつうと、読んでくれる人がくたびれちゃううだんべぇから、はぁわざわざ書かねぇったって、みんな知ってるだんべぇと思うようなこたぁ、書かねぇようにするべぇやい。
その方が読んでくれる人にゃぁ楽だんべぇ。

妙義山っつやぁこの群馬男にとっちゃぁ、子供のころからずうーっとこの山ぁ見ながら育ってきた、故郷の山なんさぁ、だから書き始めるときりがねぇんさぁ。

珍しい写真があったからここで披露するべぇ、二十歳のころの群馬男と妙義山だぃ。
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石川啄木がこんな歌ぁ詠んでるけど、俺だっておんなじきもちなんさぁ。




ふるさとの

山に向かひて

 云うことなし
 
ふるさとの山は

有難きかな


     石川啄木











                  ・
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# by gunmaotoko | 2018-01-10 22:18 | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 08日

東国の文化の中心地だった上野の国 

(887)1500年前から栄えていた上野の国


その昔、現在の群馬県が位置する上野の国(こうずけのくに)は東日本の文化の中心だった

その理由にはいくつもの要素が含まれるが、

今からおよそ約1500年前、上野の国は当時の政治を率いた近畿地方のヤマト王権と連携し、経済的にも文化的にも東日本をリードする地域だった。
それを証明するのが質量共に東日本最大級を誇る古墳の存在といえる。少なくとも県内に1万3249基の古墳があり、県の最新調査では2423基が現存する。

中でも、一昨年(2016)に実際この目で見て来た古墳群、保渡田古墳群(高崎市保渡田町・井出町)は5世紀後半~6世紀初めに造られた3基の大型の前方後円墳が隣り合わせのように発掘されている。

いずれも全長約100メートル。この時代に大型の古墳が近接して3基も築かれた例は、東日本ではここだけという。

高崎市郊外、保渡田古墳群
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そしてこの保渡田古墳群では推計約6000体あったとされる埴輪(はにわ)が復元されている。
ここは、6世紀初めの榛名山大噴火で流れ出た土石流にそのまま覆われたため、埴輪の配列が当時のまま残されていた。
儀式や宴会の様子を再現したものや狩猟場面もある。外周部には邪気を寄せ付けないための奇抜な装飾を施した埴輪が立ち、古墳周辺を散策する現代人を見つめる。
発掘されたときの埴輪の配列をそのまま再現して陳列されている埴輪のレプリカ群
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私が一昨年12月に訪れた時は、出来上がっていて、復元された墳墓の中に入ることもでき、中には石棺なども陳列されているとのことだったが、・・・その日が運悪く休館日で、この古墳の中に入ることもできず、近くの資料館も閉鎖されていた。

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これは一例だが、ほかにも県内からは数多くの古墳や遺跡が発見されている。

また天皇を中心とした律令制(りつりょうせい)の下では海の「東海道」と並ぶ山の道「東山道」の要衝として、国の中央(大和)と、陸奥や出羽とを結ぶ交通の要衝として碓氷峠のあたりも非常に重要視された土地であったことから、上野の地は中央の文化が伝わりやすかったのだと考えられる。

ここを往来した防人(さきもり)の話は後日、日を改めて書きたいと思う。

ちょっと予告
十五世紀のある日、妙義山方向に向かって歩く防人の隊列、これは、周囲の風景から磯部のあたりから撮ったものか????。
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群馬男

正直な話、群馬県がこんなに歴史的に重要な土地だったなんつうことは知らなかった。
高校生のころにも、群馬県が関東地方の文化の中心地的な位置にあったなんつうことは授業では聞いたこともなかった。だけどいろいろと調べたり聞いたりするうちに、群馬県っつうんはすげぇんだなぁと思うようになった。
俺が子どものころはこんな古墳があるなんつうことは知られてイン買ったんだんべぇと思う、だって、社会科の時間に習軒に前方後円墳つうんがあるっつう話は聞いたけど、それがたかさきにあるなんつうこたぁ一言も言わなかったもんあ。

近いうちに書くべぇと思ってる防人のことも日本史か何かでちょっと出て来たと思うけどそれが徴兵されたひとたちだなんて聞かなかったかはぁ忘れたんか。


他国者

群馬は歴史的に重要な土地
群馬と馬のつながりは奈良・平安時代の群馬県は朝廷にたくさんの馬を差し出す生産地として知られていました。
その生産が群馬で始まったのは、古墳時代の中頃 今からおよそ1550年前の事です。

もともと馬は日本列島にはいなかった動物で、このころ朝鮮半島から渡来人によって、当時の中心地である近畿地方に伝えられたのです。
当時の群馬は東日本屈指の有力地域だったから、馬が伝えられた。
当時の馬の役割は大きく、またたくまに需要が高まった。
広壮な山麓地帯をひかえる群馬は、馬生産にとっても格好の地域だったのです。

子持村の白井遺跡群の調査で、西暦550年頃の榛名山の噴火軽石層の下から無数の馬のひづめ跡が発見され、ここで馬が飼育されていたことがわかっている。

奈良時代の713(和銅6)年に朝廷が国郡郷名に好字2字を充てるように命じた際、榛名山麓一帯の郡名に「群馬」の字が採用された
国家財産の馬が潤沢に生産される地との意味であろう。
これこそが「群馬」の名のルーツなのです。
馬が群れる いっぱいいる だから群馬なのです。

群馬のマスコットキャラは馬 初代ぐんまちゃん

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# by gunmaotoko | 2018-01-08 20:05 | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 06日

伝統の少林山だるま市

(886)少林山は霊符尊光琳の日


昨年(2017)からJR高崎駅西口と花高の少林山周辺の二か所で開催日も異にして行われることになった、高崎市のだるま市は1.2日の両日、昨年よりも規模を拡大して駅前の道路を閉鎖して開催されたが、伝統の「少林山七草大祭だるま市」はこれまで通り開催されて、少林山達磨寺の初詣を兼ねた善男善女でにぎわった。


今年2017年から高崎の「だるま市」は「高崎だるま市」と「少林山七草大祭だるま市」の二つの「だるま市」が開催されるようになりました。

いままでは「少林山七草大祭だるま市」1本で開催されていたのですが、主催側の達磨寺とだるま市に出店する露店商との間で運営を巡る対立問題が発生してしまいした。

この対立により、露店商側が「少林山七草大祭だるま市」から独立する恰好で新たに「高崎だるま市」を開催することになったようです。




縁起だるまに願い込め 高崎駅前にぎわう
2018年 高崎駅前で開催されただるま市は1、2日の両日、「高崎だるま市」が開かれた。好天に恵まれて家族連れなど約35万人(主催者発表)が訪れた。

<だるま市>金色だるまに人だかり 撮影行列も
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県達磨製造協同組合の約50の組合員が出店した。
赤いだるまがずらりと並んだ会場には「縁起物だから見ていって」と売り子の威勢のいい掛け声が響き渡った。市内の飲食店によるグルメ販売や和太鼓演奏、踊りといったイベントも人を集めた。

そろいの法被(はっぴ)が新生だるま市らしく目を引く
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。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

一方 毎年1月6日 7日 開かれる少林山達磨寺のだるま市は?

→ 少林山達磨寺

少林山七草だるま市は、単なるだるまを売るだけではなく古い歴史がある行事で、七日は少林山達磨寺の霊符尊光琳の日に合わせてお参りの信者に近隣の農民がだるまを売ることから始まったものである。

七日が、霊符尊光琳の日(れいふそんこうりん)と言うお寺にとっては大切なご縁日で、六日はいわばその前夜祭と言ったところだ。
なお、7日には世界平和を祈願する大般若経(だいはんにきょう)六百巻の転読(てんどく)法要が厳修されます。



詳しいことは知らないが、霊符尊光琳とはお寺で信者に売られている札やお守りに天から下りてきた神様が宿るというような意味合いの行事と思う。
この行事はだるまの販売よりはかなり古く殻行われていて、ただ客を呼んでだるまを売るのとは、意味が違うと思う。

おそらく六日の前夜祭から七日の霊符尊光琳の日にかけて、大勢の信者たちで賑わうものと思われる。

群馬男

どっちしたって、交通の便利な駅前の方に客は撮られることはめにみえたこと、少林山の方は、お寺としても行事を行いながら、お参りに来てくれる善男善女を相手に宗教的なことに力を入れるべきだと思うけど。
大事な縁日なんだから、厳かにやってもらえばいいと思う。









                     ・
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# by gunmaotoko | 2018-01-06 22:09 | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 04日

ご当地カルタ全国一 群馬県

(885)地域の誇り育む郷土かるた 群馬に119種 全国最多級 

地域の誇り育む郷土かるた 群馬に119種 全国最多級 文化や歴史 学ぶ手掛かりに

群馬県の歴史文化を詠んだ「上毛かるた」が誕生して70年。昨年11月に大人向けの県大会が前橋市内で初めて開かれるなど、節目の年に盛り上がりを見せたが、郷土を題材に、住民に親しまれているかるたはほかにも県内に多数存在する。
群馬を舞台とした郷土かるたは現時点で119種類に上り、全国で最も多いとみられる。
長年大会を重ねているかるたもあり、地域の誇りを育んでいます。

a0290852_21453416.gif群馬は郷土かるた「王国」

郷土かるたは市町村や小学校の周年事業などで1980年代に多く作られた。県域を対象とする郷土かるたは上毛かるたのほか、「英語版上毛かるた」や「群馬土木かるた」など。
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他国者

かるた」と「地域」がつながってるって?!

小さな村 高山村にも郷土かるたがあります。

「高山かるた」は、高山村の自然・風土・歴史・文化など、様々な魅力がギュッと詰まったかるたです。その読み札に掲載されているポイントを巡り、健康づくりをしながら村の魅力に触れていただく目的で、ウォーキングマップもあります。

→ マップ PDF

a0290852_2264349.jpg上毛かるたの高山村版で、高山村の見どころが沢山詰め込まれています。

それに村内の、かるたのモデルになった場所には「かるたの立て札」が!

かるたのモデル地を辿りながら、村を巡ってみるのもいいですね



群馬男

高山村のカルタは、村のメルマガでも紹介してるんであるっつうこたぁ知ってたけど、モデルの場所に立て札を立ててるとはしらなかったなぁ。

どこの市町村でもそうだけど、そこの市町村のことを住民、特に子供たちに知らしめる手段として、その地のカルタを作って、特に子供たちに教えてるんだと思うな。
特に郷土愛の強い群馬県人はそれが熱心なんだんべぇ。

ちなみに毎月発行されている高山村のメールマガジンには毎月一つずつ高山カルタが紹介されている。

12月15日号のメルマガ「たかやまガジン」はこうだ。
月刊たかやまガジン Vol. 72より抜粋
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だけど詳しく調べりゃぁ、この山の山頂は高山村にある山じゃねぇんだでぇ。
そんなこたぁいいんだいなぁ、すそ野は高山村にもあるんだからさぁ

他国者 

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「かるた」と「地域」がつながっている いいですね






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# by gunmaotoko | 2018-01-04 20:05 | Trackback | Comments(2)
2018年 01月 02日

29th 赤城山雪まつり

(884)第29回赤城山雪まつり


このイベントは予約だの準備だのって時間が要ると思って早めに取り上げました。

2月3日(土)に赤城山で赤城山雪まつりを開催します。

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氷上ワカサギ釣り体験やスノーシューツアー、ジュニアスキー教室や雪上宝探しなど、冬の赤城山ならではのイベントがいっぱい。女優で山の日アンバサダーの小林綾子さんもイベントに参加します。

また、協賛イベントとして、2月3日(土)・4日(日)に赤城白樺牧場で犬ぞりレースやディスクドッグなど犬と一緒に雪上で遊ぶイベント「前橋ホワイトフェスティバル」が開催されます。観戦だけでなく犬ぞりやディスクドッグなどを体験できるコーナーもあります。
詳しくは ⇒ MWF運営実行委員会(ドグタウン工房) 
0278-24-7628

このほか、今回初めての取り組みとして、冬の赤城山のアクティビティを楽しみながら快適で豪華なキャンプを行うプログラム「赤城スローキャンピング」が赤城山第三スキー場などで行われます。極寒の赤城山にグランピング仕様のテントを張り一晩を過ごします。前橋産の肉や魚、野菜などを使ったディナーや朝食も楽しめます。
赤城山でのグランピングキャンプはまだ行われたことがありませんのでこの画像がありません。

グランピングって何だ?

注目を集めているグランピングってどんなものでしょう?
グラマラス(Glamorous=魅力的な)とキャンピング(Camping=キャンプ)を組み合わせた造語で、キャンプ道具を持って行ったり、テントを張ったりすることなく、自然のなかで気軽にキャンプを楽しめる新しいキャンプスタイルのことをグランピングと呼んでいます。

高級ホテル並みにゴージャスさを提供してくれるところから、少しだけキャンプ気分を味わえるサービスを提供してくれるところまで様々です。そのグランピングを提供してくれる国内のおすすめグランピングスポットをご紹介します。グランピングの魅力を堪能してください。

グランピングのテント これは一例です。
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申込み:1月18日まで(応募多数の場合は抽選となります)
問い合わせ・申込みは ⇒ 上州観光サービス株式会社 
027-243-2626


初めての取り組み・・・・


グランピング 冬の赤城で自然満喫  ワカサギ釣り、スノーシュー、特設テント宿泊 

冬の赤城山の魅力を発信しようと、前橋市はNPO法人などが中心となり、快適で豪華なキャンプ「グランピング」=ズーム=の体験会を来年2月に開くと発表した。氷点下10度を下回る厳寒の中で、ダイヤモンドダスト観賞やスノーシューでの雪原散策、ワカサギの穴釣りなどの自然を満喫。特設テントで宿泊する。市は都心から2時間の近さで冬の大自然を体験できる点をPRし、継続的な行事としたい考えだ。

参考画像
スノーシュー(昔の雪国のかんじきを今風に作ったようなもの)
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「赤城スローキャンピング」と銘打ち、2月3、4の両日に行う。旧赤城山第3スキー場(同市富士見町赤城山)の敷地内を会場とする。3日に開く「赤城山雪まつり」に合わせて行う。

NPO法人などでつくる実行委員会を組織し、アウトドア用品製造販売のスノーピーク(新潟県三条市)と協力し、同社のテントを使用。高さ2メートル、幅4メートル、奥行き8メートルの台形のテントをラウンジとし、中にはまきストーブやソファを設置する。寝室のテントにはベッドと電気毛布を用意し、快適に眠れるようにする。料理は赤城山麓の食材を中心にシェフが腕を振るい、イタリア料理などを味わう。ワカサギ釣りや雪原散策は経験豊富な地元ガイドが同行する。

参加費は1泊2日で中学生以上2万5千円、小学生1万5千円。安全確保のため、ペア2組と家族1組(4人まで)だけで実施。応募多数の場合は抽選とする。締め切りは1月18日。

市によると、赤城山の観光客数は1980年代に年100万人を超えていたが、近年は50万人台とほぼ半減。かつて冬場はスキーやスケートでにぎわい、今もワカサギ釣りや登山を目当てに人が集まるが、集客力の限界が指摘されていた。

他国者

赤城スローキャンピング

そんな寒いときにテントで寝るの?


群馬男

だからさぁ、冬の湖上のワカサギ釣りのテントなんか想像したら、凍え死んじゃうからさぁ、上の写真みてぇな豪華なテントを使うんさぁ。
あれだら、暖房すりゃぁ裸で寝たって平気だんべぇさぁ。





                          ・
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# by gunmaotoko | 2018-01-02 20:45 | Trackback | Comments(0)


群馬で生まれ群馬で育った男のブログ 今は故郷を離れ遠くの町から  こよなく群馬を愛する男と、群馬を全く知らないひととのブログです。


by gunmaotoko

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