群馬出身の望郷男と、群馬県のこと知らない他国者が、勝手に書き込んでいるブログです

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2012年 12月 31日

12月の投稿集計

2012年12月の投稿集計


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読者の皆様に支えられて当ブログも年を越すことができそうです。来年も頑張って書きます。
どうぞよろしくお付き合いくださいますようお願い申し上げます。
なお、お願いですが、私たちが書きました記事の内容に疑問などありましたら、肥え遠慮なくご指摘ください。ご意見はコメント欄で、お名前を伏せたい場合は匿名、偽名、カギコメでも結構です。

            2012-12-31                 群馬男 と 他国者             
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by gunmaotoko | 2012-12-31 23:59 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 28日

群馬男の年末雑感

(26) 年末雑感・・その3・・・葱の葉の望郷・  


よく世間じゃァ「上州の空っ風」なんてゆうけど、こりゃぁ体験したもんでねえとそのものすごさはわかんねぇだんべぇ。

a0290852_7381625.jpgとにかく、普通はつえぇ風はビュービューとか
ぴゅーぴゅーなんて表現するけど、
群馬の風はそんなもんじゃぁねえ。
グォ~とかドォォーって吹いてくる。
それも
からからに乾いた風だから、畑もからからに乾いていて、土も砂ぼこりになって飛んでいく。

それでも中国大陸の黄砂みちょうなこたぁねぇ、あれよりも砂の粒がちぃっとでっけえからそんなにまきあげるようなこたぁねぇ。

a0290852_2249474.jpg養蚕の盛んだった地方だから桑畑はうんとある。これは桑畑なんて言わねぇ。「くわばら」っていう。
冬は桑原はあすんでいる。
夏に伸びた枝はのこってるけど葉っぱはみんなかれて落っこちちゃって、枯れ木状態だ。

それを見越して、父は下仁田葱の「ねぇ」(苗)を手に入れて夏のうちに桑の木の値元に植えた。
葱は秋までは青々としてよく育ったが、冬になると、このかぜじゃぁ葱だってたまんねぇ。
父は葱の首っくれぇまでつちをかけてやった。
それでも出ているとこはみんな枯れてしろくなっちゃって、枯葉だけめえるだけんなってた。
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思い出した!


もう一つ、桑で思い出したことがある。
この地方(群馬西部)では、畑のまわりには必ず桑の木を植えてあった。隣の畑との境界線から適当な距離(一尺くらい)話して、両側の畑にうえてあった。蚕をやらねぇうちでも植えた。蚕を飼ううちで鍬を買ってくれた。
これも養蚕農家にとっては貴重な農作物だった。
ただこれは畑の周りだけで、田圃の周りには植えない。
「おめぇ、畑と田んぼの違いがわかるかい?」
要するに畑っつうなぁ水を引き入れるようになっていねえ耕作地で、たんぼっつうなぁ必要に応じて(稲作の時)に水を引き入れられるようになっていて、主に夏場は米を作る農地のことだ。

なんで田圃の周りにゃぁ桑を植えなかったかは俺も知らねぇけど、そのかわりつっちゃぁなんだけぇが、田圃は田植えのめえに田圃の周りから水がむらねぇ(漏らねぇ)ように畦に田圃の土をこねて塗りつける。土壁とおんなしだ。
これを「たのくろ」っつった。たのくろとは「田の畔」と書く。

なにをつかってぬるんかつうと、左官屋が使うような鏝ぇ使うわけじゃねぇ、てんがでやるんさ。
俺だって高校の時分にゃやったことがあった。うめぇもんだった。

てんが
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昔使っていたんは金属部分の真ん中は木製で周囲の肝心な部分だけはU字型に鋼をはめてあった。この方が使いよかった。
それと歯の部分と柄の部分が鋭角になっているんがミソだ。

その田のくろを塗る時斜めの部分を塗って、その上のてえら[平)の部分もよくこすっておく。
田植えが済んで、稲が根付いたころに、二人一組で、ちょうどステッキくれぇの棒で30cm間隔くれぇにブスッ、ブスッと穴をあける。あんまり深くっちゃいけねぇし、あさすぎてもいけねぇ。4~5cmくれえかな。
うしろから来た人は、その穴に小豆を二つぶくれぇずつ入れて、そこいらの草ぁひちつかみつまんでそぉっと載せておく。
そうすると、夏がおわるころにゃぁこんな風になる

たのくろあずき(田の畔小豆)
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これが田圃の稲に施した肥料のおこぼれをもらって、秋の稲の収穫のころにはいい小豆がなる。
これも立派な農作物だ。
だから、丁寧なうちは、この小豆の周りの草刈りもした。
これを使って、牡丹餅を作ったり餅の餡にしたり・・・・あぁ~、牡丹餅が食いたくなってきた。

俺のねぇちゃんは嫁いりめぇから、牡丹餅作るんが上手だったっけなぁ。
                  話が畑から田圃に移っちまったけど、望郷の味だ。

寒い北風が吹いたり、葉っぱの枯れた下仁田ネギを見るとそのころの風景が思い出される
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by gunmaotoko | 2012-12-28 22:06 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 27日

群馬男の年末雑感

(25) 年末雑感・・その2・・・まだできねぇ年賀状・  


お昼めぇは、ちっと用事をして、お昼っから、年賀状を作るんを片づけちゃうべぇと思って、座ったんだけぇが、
早くやるべぇなんて思ってると、プリンターがめたトラブってたった70枚くれぇの年賀状がまだできあがんねぇ

何がわりぃかっつうと、もう3年もめぇに買ってからずーっと気に入らねぇプリンターがまたいぼおりだして、それの面倒を見ててずでぇ時間くっちゃった。

a0290852_00101.jpgあんまり言うことを聞かねぇもんだから、プリンターをはっとばしたり、ふんごくってやったりしようと思ったけんど、あいつかてぇから俺の足のほうがいてえんよした
途中でヘッドクリーニングをやったら、きれいに印刷できるようになったから、これでいいと思ってやってたら、目ぇ離したすきに、途中からまたノズルが詰まったようで、変な色になって、そのうちいごかなくなってしまった。

おかげではがきは15枚ばっかりだめになるし、しゃくに障るから、ひっちゃぶってぶちゃっちゃうべえと思ったけど、印刷に失敗したはがきは郵便局であたらしいやつととっけぇてくれるつぅからでぇじにとっといた。

まだ印刷が全部終えていねぇけど。プリンターがダメだから明日ヤマダ電機へ行って買ってくべぇと思う。
ヤマダ電機も近けえとこに一軒あるんだけど、もう一軒のとわい店のほうが気分がいいからそっちにいくべぇと思っている。だけど明日あたりは、店も混んでねっけぇせねえようだんべぇなぁ。朝はやくいぐべぇ。

このプリンターにはさんざっぱらいらいらさせられたから新しいんを買ったらどっかへぶちゃってきなくっちゃ。はぁ 見るんも やだ。

俺はもう絶対エプソンは買わねぇ!!。

群馬男は気が長げえんか、なんだか知らねぇけど、こんな使いづれぇプリンターを3年近くも使っていた。


これだけ群馬弁しゃべったら すっきりした~。
これ標準語

                                    以上群馬男の愚痴でした。
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by gunmaotoko | 2012-12-27 00:00 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 26日

群馬男の年末雑感

(24) 年末雑感・・・その1・・・


昨日覚えたいい言葉

 濁れる水も 流れつつ澄む     種田 山頭火
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この言葉に元気づけられたような気持の、この群馬男

こんな歌を詠んだ


世の垢を 塗り重ね生く 凡人も

      濁れる水も 流れつつ澄む
 


             
凡人群馬男 



この歌を解説すると、濁った水のようにこの世の垢を塗り重ねた我が身も、浮世に流されながらきれいになって行こう、流れる水のように。



こんなにのんびりして遊んでるみたいに、滝に行ったりブログを書いたりしているが。これで気分的にはすごく忙ししく、きぜわしい日々を送っている。。
TVなんかで、「今年もあと残すところ・・・・・」なんていわれると、「わかってるよぉ、つまんねぇこと思い出させるな!!」といいたくなる。

今日で仕事は終りにした。あとは仕事場を少し掃除でもしたらそれでいい。
昨日、年賀はがきを買ってきた。
今年は本当は喪中なんだけど、兄弟の多い我が身、兄弟は自分も含めて高齢だ、いつ誰が旅立ってもおかしくない。だからそのたびに喪に服していたら、年賀用の書き方を忘れてしまう。

そこで自分なりにルールを作った。自分の同居家族か、実の両親か子供がなくなったとき以外は服喪から外す。

このルールに当てはめると、今年は、実兄、義兄が他界しているが、喪中ではない。
ということにしたのだ。

・・・ということになると、年賀状のデザインの構想を考えなくてはならない、これも大変だ。
群馬弁で言うと「おおごと」だ。
このおおごとは大変だというような意味だが、最初のおにアクセントををつける。

こんな風に使う
「もうちっと行きゃぁ滝があるっつぅんがわかっていたんだけど、坂が急でおおごとだから、行くのよしたん。
この最後の”ん”は疑問詞ではなく、終止符の役目をする。”〇〇したのだ”という意味。

こんなことになると困るんで、早く書かなくっちゃ。

年賀はがきは買ってきたんだけど、あんまり人数がおおいんで、書くんがおおごとになっちゃって、こんなんじゃよすべぇとおもって、一枚も書かねぇで、はがきはそのまましまってあるん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
只今、年始挨拶状製作中

群馬のキャラ君の年賀状  → 参考にどうぞ

今年も使おう!「ぐんまちゃんの年賀状2013」

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11月に行ってきたん。
だけどあんときふんとに残念だったんは、コンデジの電池が切れっちゃって、写真撮りてえけどダメだったん。ブリューナ館も見たけど、写真は撮れなかった。(涙)
あそこのおばさんの説明はわかりよくて楽しかった。
もういっぺん行ってもいいと思います。
これって、明治政府が外貨稼ぎのために国策として建てたものだったようです。我がご先祖様たちも、お蔭で繭がよく売れて恩恵を被ったようでした。 (群馬男)

富岡製糸場です。
明治5年10月、わが国最初の官営模範製糸工場として、明治政府の依頼でフランス人ブリュナが指導し、建てられた。木骨と赤レンガ造りの建造物群は現在もほとんど当時のままの姿で保存されており、日本の近代産業発祥の地として貴重な建築物。また、工場敷地内にブリュナが、館として使用したといわれる「ブリュナ館」もある。富岡製糸場は、平成18年7月5日に国の重要文化財に指定され、現在、ユネスコの世界遺産登録を目指している。

HPは → こちら
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by gunmaotoko | 2012-12-26 17:25 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 24日

故郷の母

(23) 雑感・・・


暇だけどなんだか忙しい、
これが暮れの雰囲気なんだろうな。


おれの実家は12月25日が暮れの大掃除と決まっていた。
家の中のものを全部外に出して、おおきな葉っぱのついた竹ぼうきで天井を掃く。
天井の煤がどんどん落ちる。

それもそのはず、家の中にかまどがあって大勢の家族の胃袋を満たすものを全部家の中で煮炊きする。
煙突でもあれば少しは煙が外に出る。でもそんなものはない。

a0290852_17534255.jpg一階にかまどがあるところだけ二階の床が
「すのこ」になっていて、煙はそこを通って、二階に広がる。二階は蚕を飼ううための場所、冬は50坪がそのまま空いている。
炊事の煙が一階も二階も害虫や、蚕に悪い
ウイルスを殺してくれる。

しかし、よくいろいろな画像を探してくるひとだねぇ。
感心するよ。
それに、この画像は、我が家の蚕室によく似ているね。
だけどオレのおっかさんはこんな綺麗な格好では蚕の世話はしなかった。
必ずもんぺをはいていた。
桑の葉には時々毛虫が付いている。それが足元から這い上がってくると困る。あの頃はズロースをはいていなかったから(おっかさんゴメン、本当のことばらしちゃった)。

群馬と養蚕

俺の記憶では、不思議とこの日は曇り空。雪がすぐにでも降ってきそうな
日が多かった。
そんな時はこの歌がお似合いだ。→ YouTube

ゆきのふるまちを
雪の降る町を
思い出だけが通り過ぎてゆく
雪の降る町を
遠い国から降りてくる
この思い出をこの思い出を
いつの日か包まん・・・・・・・・

その後何日かすると、おっかさんは、ほとんど自家製の野菜ばっかりの
お正月料理を作る。

これが、「うんめえんだ」…!!!

30日には、餅を搗く、その量たるや半端ではない。ひと臼がおよそ3升、
それを10臼とか15臼とか言う量だ。

最初のひと臼は、ほとんどお供え餅。すなわち鏡餅とそれの小さい奴。
そして二臼目があんこの入った「あんころ餅」だ

これを作るころには子供たちも起きてくる。
あんこを入れて丸めるのは子供たちもみんな手伝ったものだった。
だからその時覚えたので今も大福もちは作れる。
そんなに一表近くもお餅をついてどうするの???

あああ~~思い出した故郷の正月を・・・

群馬で生まれ群馬で育った俺
遠く離れた街に住んでも今でも群馬のことを折に触れ思い出す。

*************************************(追記)

養蚕農家の出身で、蚕のお蔭で私は高校まで勉強させてもらえたようなものだった。
蚕と俺の話はまたの機会に・・・・
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by gunmaotoko | 2012-12-24 13:37 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 20日

湯の国 群馬

( 22) 上州よいとこ何度でもおいで


a0290852_23275958.gif群馬県は大自然と湯の国。

天下の名湯・草津温泉をはじめ、古くは万葉集にも詠まれた伊香保温泉、湯治場の面影を残す四万温泉、スキーリゾートとしても知られる万座温泉など、全国屈指の名湯が揃っています。

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磯部温泉
天明3(1783)年の浅間山大噴火によって湧出量を増したといわれる磯部温泉は、温泉マークの発祥の地としても知られている。
碓氷川沿いに温泉宿が並び、温泉街の情緒も楽しめる。

大変残念なことに、磯部は温泉ではなく鉱泉なのです。それを沸かして温泉として使っているのです。
だから磯部温泉の旅館には「源泉かけ流し」なんて旅館はないはずです。
子供のころには一升瓶を自転車に縛り付けて鉱泉を汲みに行ったものだ。

旅館街の真ん中に、鉱泉がぼこぼこと湧き出して流れ出したいた。
何に使うかというと膨らし粉に使った。
いまでも温泉街には温泉まんじゅうが売られているがあのようにおまんじゅうをふっくらさせる効果があった。


鉱泉にまつわるエピソードその1
まだ小学校のころだったが、昼間遊んでいて何か棘を踏んだ。
遊んでいるときは気にならなかったが、夜寝てからずきんずきんとうずき始めた。痛くて寝られない。
母親を起こして、見てもらったところ、中にくろいものがみえるけど、足の裏は固くて取れない。
そこで母は、アルミの洗面器に鉱泉を入れて、七輪で温めてちょうど足が入るくらいの温度にして、「こん中に足を入れてほとばしておけ」といった。(ほとばすとは群馬の方言で水に漬けて柔らかくすること)
そういっておいて外に出て行った。しばらくして帰ってきた。
100mほど離れた家にからたちのようなとげのある植物の生け垣があり、その棘を取りに真っ暗な道を歩いて行ってきたのだった。
ただのお湯よりも鉱泉のほうがよくふやける。これも鉱泉の使い道の一つだった。
「なんで針でやらねぇん?」ときくと、「針の先っちょが中で折れっちゃうと、その折れたやつが体のなかをまわって大変なことになるんだ」と教えてくれたがそれは本当かどうか定かでない。

a0290852_054714.jpg母がカラタチのとげで、足の裏のとげを掘り出してくれたおかげで、痛みも治まって朝にはすっかり良くなっていた。
そのころ鉱泉を汲んだところは今は足湯になっていた。 → 足湯

あれ~

a0290852_019241.jpg雀のお宿は・・2軒あるんだ!
新発見

 雀のお宿 磯部館 → HP

 舌切雀のお宿 ホテル磯部ガーデン → HP

それはこういうわけ
磯部温泉には当時はたくさん旅館があった、その中に磯部館というのと磯部館別館というのがあった。
鉱泉橋のほうに向かって左の奥まったところが磯部館、右の碓氷川沿いのほうが別館だった。

雀のお宿は磯部館のほうで、舌切り雀のお宿の方は別館のほうだ、のちに磯部ガーデンというようになった。親戚関係かと思うがその関係は詳しく知らない。

別館の先先代は町の有力者で愛妻橋のたもとに立派なお墓がある。

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by gunmaotoko | 2012-12-20 00:00 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 18日

おきりこみ

(21) 群馬の郷土料理「おきりこみ」

おっきりこみ(おっ切り込み)は、煮込み麺料理の一種で、群馬県や埼玉県北部・秩父地方の郷土料理。お切り込み、煮ぼうとうともいわれる。

おきりこみ 作りました。
具に使ったもの

さといも 人参 あげ こまつな しめじ
だしは煮干しです

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政局はどうなる

安倍総理・・・内閣人事は・・・

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上州 手振りうどん 
星野物産株式会社 → HP
みどり市大間々町 大間々 2458-2
0277-73-3333

のどごしもよく滑らか いいうどんでした。




群馬男

うどんみたいな・・・群馬の名物
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これは「お切り込み」と申しまして、味噌仕込みの美味なる麺類であります、小生この栄養により、育ちしものとこころえておりまする。
おきりこみもいいけど、今日の東証株価は、まだ安倍内閣が発足しないうちから
9900円台に顔を出したりしていた。
いかに前政権が人気がなかったかがわかるようだ。

ここで景気がよくなることはいいのだが、それに伴って物価は上がることになる。
そもそもデフレ克服なんて言っていたが、それは言い方を変えれば物価の値上がりを促進するということと同じ意味なので、年金生活者は反対すべきことなのだ。
デフレを克服してインフレになれば年金が目減りしたのと同じことになる。その上消費税率が上がる。
景気なんかよくなっても年金生活者には大したメリットはないことが年金生活者の大半は理解できていないのではないだろうか。
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by gunmaotoko | 2012-12-18 00:00 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 12日

上州の民謡

(20) 上州よいとこ何度でもおいで


a0290852_222526.jpg群馬県の民謡と言えばよく知られているのが
あのお醤油樽をたたきながら歌う八木節
普通は年配の人が歌う場合が多いが、少年ののびやかな歌声の八木節が見つかったうれしくなった。




a0290852_22313549.jpgそして草津節



上州小唄
a0290852_2225165.gifこれは映像がないが、懐かしい民謡  → ♪♪♪ メロディだけ
  
伊香保温泉観光協会会長で、日本温泉協会初代会長を務めた木暮武太夫の依
頼で、昭和4(1929)年、野口雨情(1882-1945)が作詞、中山晋平(1887-1952)が作曲した新民謡。雨情は、珍しく苦吟して出来ず、遂に帰京を申し出たが、一度帰ると他の仕事に紛れて作詞が後回しになることを恐れた木暮たちが無理に引き止め、ようやく出来上がった。作られた当初は、歌詞の評判が悪かったが、次第に人気を呼ぶ。

1)赤城山から風が吹出して
   風で蝶々が とばされる
  さアさ 妙義の山ほととぎす
   朝の草刈る目をさませ
   ホラ、ギツチヨン、ギツチヨン
     チヨンチヨン  

2)榛名山から雲が脚出して
   またも伊香保に 雨ふらす
  さアさ 前橋高崎までも
   ゴロリ、ピカリと雨がくる。
  ホラ、ギツチヨン、ギツチヨン
     チヨンチヨン
  (以下囃子言葉省略)

3)利根の河原の 一本蓬(ひともとよもぎ)
   流れ流れて 花咲いた
  さアさ 上州花咲くところ
    河原蓬も花が咲く
   
4)湧いて流れる 草津の湯さへ
   別れ惜しさに 霧となる
  さアさ 山越え谷川越えて
    四万は浮世の 外にある

5赤城つつぢは 赤城の山に
  ひるの螢は 草の葉に
 さアさ スキーは赤城のシヤンツエ
  踏んでとけない 雪が降る

こんな歌は群馬県の人だって知らない人が多い。

上毛三山の一つ赤城山

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赤城山と言えばこれ
名月赤城山



群馬県の民謡、「上州よいとこ」は前にUPしましたが、ここに持ってきて並べましょうか。


a0290852_22443241.gifこのくらい宣伝したら、
群馬県知事から何か言ってきてもいいかもね・・・・。



いけねえ!! 大事なのを忘れてた! 

これを書かなくっちゃ、ご先祖様に申し訳ねぇ。ご先祖様は町議会議員だったんだから

磯部音頭


煙る浅間よ
  
 妙義の峰よ

碓氷川瀬に

 灯揺れる

磯部恋しや

磯部湯の街

 恋の街







いい歌だなぁこの歌。




俺を育んだ、文字通りのふるさとの山

ウサギ美味しかの山 

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by gunmaotoko | 2012-12-12 22:09 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 06日

望郷  歌一首

(19) つのる望郷


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全国的に荒れた天気だったようだが、太平洋側では、冬晴れで一時的に強い風も吹いた。

群馬の冬の風すなわち空っ風はこんなもんじゃないが、やっぱり寒いのと強い風が重なると群馬の冬を思い出すのである。

田圃の畦(あぜ)には脱穀も済んだ稲わらが4束くらいずつ一つにされてうえのほうを藁で縛られて円錐形をして並ぶ。


その隙間を、「お前ら邪魔するな!!」と言わんばかりに、空っ風が通り過ぎていく。

まだ湿気を蓄えていた稲わらもこの空っ風によって程よく乾燥させられていく。
考えてみると、空っ風も少しは仕事をしているんだ。
a0290852_2138541.jpg


お断り: この画像は長野県の知人の田圃の様子です。

写真は乾燥したわらを収納する様子。
円錐形のものが見られるがあの形で乾燥させていた。
これを「すげぇ」という、一掴みの藁の上半分を縄状にしてそれを二本つなぎ合わせた紐?で大きな束にする。

こんな作業も今となっては懐かしい風景だ。

きりがないからこの辺で・・・・。
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by gunmaotoko | 2012-12-06 22:00 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 06日

群馬 歌ブログ  歌 二首

(18) 望郷男



故郷は 遠くにありて 云えるもの

     近くにおれば ただの居住地  

        

方言は お国の手形と 言われても

         やはり今では 不渡り手形       群馬男(上州男児)記


おかえりなさい
故郷はお帰りなさいと迎えてくれる

疲れた時、傷ついた時、悲しい時、寂しい時…

いらっしゃい。
と迎えてくれます。

          我が故郷は、群馬なり

こんなこと真面目な顔して書くと「こいつたまにはいいこと書くなぁ」なんて言われそうで照れる。
そうか、真面目な顔かどうかわからねぇんだっけ。

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by gunmaotoko | 2012-12-06 21:52 | Trackback | Comments(0)


群馬で生まれ群馬で育った男のブログ 今は故郷を離れ遠くの町から  こよなく群馬を愛する男と、群馬を全く知らないひととのブログです。


by gunmaotoko

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