群馬出身の望郷男と、群馬県のこと知らない他国者が、勝手に書き込んでいるブログです
2017年 03月 28日

前橋で水芭蕉

(749)しっとりミズバショウ 前橋・嶺公園

水芭蕉と言えば尾瀬が定番だが、「あそこまではちょっと」なんて言う人におすすめ。

前橋市嶺町、赤城山の南麓で水芭蕉が咲き始めています。
ここは杉や松、雑木林や沼などがある赤城や南麓にある豊かな自然の中に、墓地と公園が併設された公園です。
山の斜面を利用して作られた「わんぱくとりで」にはアスレチック遊具があり人気。とりでの下には、川や池の作られた「水の広場」があり、夏には連日水しぶきをあげて遊ぶ子供たちの姿が。

赤城山南麓の自然豊かな景勝地にある、ここ嶺公園では「湿生花園」があり、1,500株の水芭蕉が花開く。
純白の水芭蕉のほか、黄色のリュウキンカが色を添え、カタクリの花なども順に開花してゆく


その公園内の湿性花園でおよそ1500株の水芭蕉が咲き始めています。
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カタクリももうじき咲きます
参考画像
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公園の詳しい内容はここをクリックしてぐんまナビをご覧ください。

他国者

水芭蕉に雪解けの春の訪れの喜びを感じますが・・・・ちょっと気になる・・・・

a0290852_1717134.jpgこの芭蕉とは似ても似つかぬ花?

バショウ(芭蕉・学名:Musa basjoo)はバショウ科の多年草。
英名をジャパニーズ・バナナと言うが、中国が原産といわれている。
高さは2~3mで更に1~1.5m・幅50cm程の大きな葉をつける。花や果実はバナナとよく似ている。熱帯を中心に分布しているが耐寒性に富み、関東地方以南では露地植えも可能である。


群馬男


他国者の書き込みに水を差すようでわりいんだけぇが、やっぱり水があるとねぇじゃぁえれぇちげぇだっつうことだんべぇなぁ。

実はおらぁ去年の6月に、この水芭蕉が見たくって、わざわざ一泊して尾瀬ぃ行ったんさぁ、それも水芭蕉の花の最盛期の6月11日に、静岡からじゃぁ日帰りは出来ねぇから、水上高原のホテルィ泊まってそれで行って見たら、去年に限って雪が早く溶けて、水芭蕉も調子ん乗って早く咲いたんだと。
行って見たら、はぁ水芭蕉なんか何にもねぇんさぁ。みんながっかりしてたぃなぁ。

だけどおらぁ、もう一つ目的があったからがっかりのし方もいくらかうちわだったんだぃ。
あの「尾瀬の木道を歩く」っつうんも俺の夢だったんだぃ。
マットうんと歩きたかったけどツアーで行ったんで集合時間があるんで途中でひっけぇしてきたけど、おらぁ水芭蕉は見なかったけぇが目的の50%は果たしたっつうわけなんさぁ。
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また今年も行くかも知んねぇ。
だけど、ここでみりゃぁそれで・・・・・でも、やっぱり行きてぇなぁ。尾瀬ぃ。

他国者

これで しばらく 我慢!


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# by gunmaotoko | 2017-03-28 21:00 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 25日

やんばツアーズ

(748)・・大観光地になれるか八ッ場ダム・


一大観光地になって発展してもらわなくっちゃぁ群馬男が愛した波紋が綺麗だったあの小さな滝がかわいそうだ。滝の画像はこのページの一番最後に掲載


「八ツ場ダムの今」観光資源に 国交省が地域活性化へ工事見学の10本ツアー開始


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長野原町で建設が進められている八ッ場ダムで、国土交通省八ッ場ダム工事事務所は22日、新年度から、工事風景を見学できる個人・団体向けツアー「やんばツアーズ」を開催すると発表した。

用意するツアーは10種類。個人向けでは、夜間工事の見学と吾妻川でのホタル観賞をセットにしたツアー(7月上旬開催)や、ダム見学と吾妻峡の紅葉を楽しむツアー(10月下旬~11月上旬)などを開催。これまでのダム見学も、4月からはツアーの一つとして、土曜日の開催を隔週から毎週にするなど、回数を増やす。

団体向けでは、英語版の資料を配布する外国人向けツアーや、八ッ場ダムのミニ模型をセメントで作る小中学生向けツアーなどを用意した。旅行会社のツアーに組み込んでもらうことも検討している。

ツアーはいずれも無料
。「道の駅八ッ場ふるさと館」などの集合場所から、同事務所が用意するバスで工事現場を回る。
「やんばコンシェルジュ」と名付けた地元の女性ガイドも案内を行う。
現場を公開して工事への理解を求めるとともに、地域振興に役立てることが狙いだ。
同事務所は「建設中のダムを見られる機会はなかなかない。
約30トンの大型ダンプをクレーンでつるして現場に下ろす様子など、迫力ある光景を見に来てほしい」とアピールする。
問い合わせは同事務所(0279・82・2317)へ。

ダムの本体工事は2015年1月に始まり、現在はコンクリートを流し固める「打設」が高さ116メートルの堤体の約1割の高さまで完了した。4月からは夜間も工事を行い、19年度中の完成を目指している。

上空から見た工事佳境を迎える八ツ場ダム
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個人向けは「八ッ場の今を巡る現場見学会」「ホタル鑑賞と夜間工事見学会」「吾妻峡の紅葉とダム見学会」「真冬の新名物!樹氷とダム見学会」「八ッ場ダムファン倶楽部特別見学会」の5本。

 団体向けは「やんばコンシェルジュ御案内ツアー」「土木技術者・土木系学生向け最先端技術の八ッ場ダム見学ツアー」「訪日外国人向けYamba Inboundツアー」「小・中学生向けまるごとやんば体験ツアー」「プレミアムフライデー限定ヤンバナイトツアー」の5本を用意した。

他国者

ツアーの詳しことは → こちら  国土交通省 八ッ場ダム工事事務所

通常のダム見学会は → ここ
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申込先 道の駅八ッ場ふるさと館 (情報コーナー「やんば館」)
TEL:0279-82-0279
電話受付時間:9:00~17:00(年中無休)
※11:40~12:50は受付できませんのでご注意ください。

見学会は木曜日・日曜日をのぞいて毎日開催しています。


群馬男

例えば山ん中のでっけぇダムは確かに迫力あるけど行くんに大変だし、行ってみてもダム関係の他は大したものはねぇ場合が多い。
その点八ッ場ダムは、何年か前に民主党政権がただで全国的にその名前を宣伝してくれた。
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でもそれも今の世の中いろいろな話題が多すぎるからすぐ忘れられちゃうだんべぇさぁ。
だからダムが出来上がったら宣伝して川原湯温泉にも新しいダムぅ見ながら来てもらうべぇなんつってると手遅れんなるだんべぇさぁ。
そう考げぇると、今っからいろいろな方法で一般の人に興味を持ってもらうことも必要だと思うんさぁ。

あんとき工事してる様子を見た八ッ場ダムはどんなふうに仕上がってんだんべぇ、とか、あんときまだ工事中だった温泉宿は、どうなったんだんべぇなんつう客だって大事にになくっちゃぁなぁ。

その上八ッ場ダムは条件がいいやぃ。
なにしろ近くにJRの駅があって、人が住んでたとだし温泉もある。そんなとこに、こんなでっけぇダムを作るんだから、これを観光資源として活用しねぇ手はねぇだんべぇと思う。
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これは日本一短いJR線トンネルで知られていたけど、このトンなるが廃線になった翌日に現地に行って来た。
新しいこんな名物を一つ一つ作り上げて山里のダムの町の歴史を作り上げてもらいてぇもんだ。

俺も機会があったらこのツアーでダム本体工事がこの目で見てみてぇと思うんさぁ。

俺が愛した残る命短き白糸の滝
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他国

最後のしめは 滝好きな群馬男 白糸の滝でした。




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# by gunmaotoko | 2017-03-25 20:13 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 24日

群馬に来ています

(747)・群馬男は群馬に来ています・


群馬男は予定通り群馬に来ています・・・・・・。

やっぱり群馬はいいなぁ・・どっちぃ向いても群馬だ・・・っつったって静岡がヤなとこだっつうわけじゃぁねぇんだよ。

昨年夏に他界した実家の長兄の少々繰り上げた一年祭(仏教では一周忌)に参列のためです。

奈良県に住む義姉と新幹線の中で落合い、二人並んで東京駅へ。
東京駅では次兄の妻と弟夫婦が待っていて、
・・・・最初の予定では、そのまま、丸の内口の中央郵便局の中のレストランに行く予定だっただけど、実は私も奈良から来る義姉もまだ「スカイツリー」に上がったことがないし、今日は夕方までに安中市のホテルに入ればいいんで時間もあるから話のタネに「いってんべぇや」っつうことになって・・・・
その場で荷物をコインロッカーに放り込んで東京駅から出るスカイツリー直行のバスに乗ったんさぁ。

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その時の様子は私のメインブログここをクリックしてで見てくんない。


そんなわけで、今は安中市のホテルに一泊、このホテルグループはほとんどのホテルで地下に温泉じゃねぇけどでっかい風呂があるんで旅の疲れ癒すにゃぁもってこいで、どこい行ってもこのグループのホテルをめっけちゃぁ泊まるんさぁね。

あしたの法要の開式は10時半だし会場もホテルの目と鼻の先だから、今夜はのんびりだ!

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今日のブログは簡単だけどこの辺で。good night.

群馬県安中市のホテルにて



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# by gunmaotoko | 2017-03-24 20:05 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 22日

ぐんまのメロディーライン

(746)・群馬のメロディーラインは・・・・


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上毛新聞ニュースによりますと

 観光地に向かう車中で、道路から響いてくる柔らかなメロディーに、心動かされたことはないだろうか。群馬県は「ぐんまメロディーライン」と銘打った道路を、県道や管理国道の計10カ所に整備している。地域ゆかりの曲でPRに一役買うほか、安全運転への効果が期待されている。

◎路面に溝が連続

 メロディーは、幅と深さがそれぞれ6~9ミリの溝が連続する路面と、タイヤが摩擦することで鳴る仕組み。溝は約300メートルにわたって掘られ、曲の一節を奏でる。溝の間隔が狭ければ高い音、広ければ低い音が出る。末広産業(前橋市)が特許技術を持ち、2011年の大型観光企画、群馬デスティネーションキャンペーン(DC)を機に、観光地へのアクセス道路の舗装と合わせて主に整備された。


 最も早く整備されたのは榛名湖に近い県道渋川松井田線(高崎市榛名湖町)で08年4月。「静かな湖畔」が耳に優しく響く。榛名観光協会榛名湖支部の小林信彦支部長は「土産店に立ち寄った観光客と会話が弾むきっかけになる」と話す。

榛名湖町のメロディーロードで、変な実験をしている、暇な人がいるから見てやって


 道の駅草津運動茶屋公園近くの国道292号(草津町草津)では、同温泉名物の湯もみで歌われる「草津節」のリズムが観光客を出迎える。同温泉観光協会は「車で来る人にとって草津の入り口。車内での話題の一つになるのでは」と期待する。

 アニメ映画「千と千尋の神隠し」の主題歌「いつも何度でも」は、四万温泉に近い国道353号(中之条町四万)で流れる。映画のイメージモデルになったとされる老舗旅館が同温泉にあるためだ。

◎作詞家を顕彰

 地元の作詞家を顕彰するメロディーラインもある。みどり市(旧勢多東村)が輩出した石原和三郎(1865~1922年)の童謡「うさぎとかめ」が流れるのは、出身地に近い桐生市黒保根町の国道122号。みどり市社会教育課は「みんなが聞いたことがある曲。郷土の作詞家を知ってもらういい宣伝になる」と説明。
そのうさぎとかめのメロディーラインの最後の部分
メロディーロードの仕掛け画像(ストリートヴューより)
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前橋市嶺町の国道353号では、同市生まれの井上武士(1894~1974年)が詞を書いた「チューリップ」がドライバーを癒やす。

 県道路管理課によると、メロディーラインは制限速度で走るときれいに音が出るように造られているため、スピード抑制につながるという。居眠り運転の防止にも役立つ。整備には約1500万円かかるが、同課は自治体からの要望を踏まえて、新たな整備を検討する。

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他国者

群馬のメロディーライン 10か所を詳しく紹介紹介しています

耳を澄まして ボリュームを大きくして聞いてください





■騒音苦情で廃止した吾妻郡北軽井沢町

 「メロディーライン」を整備する道路の条件として、県道路管理課は(1)周囲約500メートルに人家がない(2)300メートルほどの直線がある-などを挙げる。長野原町北軽井沢と長野県境の国道146号で、「おお牧場はみどり」が奏でるよう2012年に整備されたメロディーラインは近隣からの騒音苦情が出たため、1年余りで廃止された。

 全国のこうした道路について、国土交通省道路局は「全体の数は把握していない」としているが、業者の実績から、少なくとも30カ所はあるとみられる。

群馬男

ありゃぁ2013年9月22日のことだったぃ。
赤城山のまぁりの滝ぃ見て、そのあしで、みどり市の小中の大滝ぃ行くべぇと思って、ナビぃえれて走ってたんさぁ。
おれもさぁ、知らねぇ土地だから、ナビのゆうことをちゃんと守っていったからどこをどう走ったかおべぇちゃいねぇけど、国道122号を走って行って、左側にくろほねやまびこっつう道の駅を通り過ぎて、両側に家が無くなったころ、急に車の下の方で変な音がするんさぁ。
山ん中だったから、おおかた車の下ぃ枯れ枝でも引っかかったんだんべぇと思って走っていたら、・・・・あれぇ?この音はそんな音じゃぁねぇ、落ち着いて聞くとセカイノウチデオマエホドォ・・こりゃぁウサギとかめだ、これが、道路で音楽が出るっつうやつかぁ。
そんときゃぁまだ「メロディーライン」なんつう言葉も知らなかったんさぁ。
そんときが、メロディーラインの初体験っつうことだったんさぁ。
その先の、小中から左ぃ曲がって、山ん中の滝ぃ見てけぇりにいまいっぺんそこを通ったけど、それがどこのへんだったか判らねぇでそのまんまけぇってきたんさぁ。

後から知ったけど、ありゃぁ片側車線しきゃ聞けえねぇんだいなぁ。あのこらぁそれも知らなかったんさぁ。

高山村ぃ行ったときもこの村のまんなかぁ南北に走ってる県道で聞いたけど、あそこの葉俺の知らねぇ曲だった。知らねぇ曲じゃぁ、鼻歌もでねぇやいなぁ。



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# by gunmaotoko | 2017-03-22 20:05 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 20日

磯部・人見堰

(745)・磯部の人見堰・


江戸時代中頃 磯部田んぼを耕す百姓たちは

「あぁ、水が欲しい、水せぇありゃぁ米がつくれるんになぁ」
「瀬戸(せど=裏の方のこと)の碓氷川にゃぁ、船がとおれるくれぇ水が流れてるっつうんに、俺んちの田んぼは干上がってて、田植もできやぁしねぇ、水がほしいなぁ。なんかいい方法はねぇだんべぇか」

皆口々にそう言っていたと思う。

碓氷川にはとうとうと水が流れていたが、碓氷川段丘の中段に位置する磯部地区から見ると、碓氷川30間も低いところを流れていた。

そして1658年この百姓たちの悩みを聞いたときの磯部地区の領主仙石稲葉守久俊はいろいろと考えて、碓氷川の上流から水を引いてくるしかないと考えた。
1666年、計画を練って隣の人見村の領主に、「あなたの領内の碓氷川に堰を作って、領内を通って磯部の田んぼまで水を引かせてもらいたい」と申し入れた。

人見堰絵図(磯部誌より引用)この絵図は上が南を指している。
下の流れは碓氷川中央の斜めの流れが、人見堰、上の流れは柳瀬川(やながせがわ)でこの先は碓氷川に合流する。
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その時の人見村の領主は・・・・相手が悪かった。
吉良若狭守、のちに全国区の有名人になった、あの忠臣蔵の原因人物吉良上野介の若いころだった。

このお方は若いころからそんな人だったようで、村民を巻き込んで「そんなことをしたって我が領地にゃぁ一文の得にもならねぇ、と言って反対した。交渉決裂。

稲葉の守は再度お願いに行った。
するといろいろと難癖をつけられ、磯部村にはかなり不利な条件も飲んで、ようやく了承されたのだったが・・・・工事は難航した、その頃のことを「碓氷郡誌」はこう記している。
・・・いよいよ寛文六年(1666)工事は始まったが、役半行程を進めたころ、流言蜚語(りゅうげんひご)が村に伝わり、それを恐れた人夫が来なくなってしまって工事は頓挫してしまった。
原因は若狭守によるものとわかっていても所轄が違えば何もできない当時のしきたり。

工事中断から二年の歳月が無駄に流れた。
そこで仙石因幡守久俊は、考えた末に、己の領地(4千石)を幕府に奉還し、幕府直属の支配のもと工事を施工するより方法はないと一大決心をし、返還を願い出ました。

「私の四千石の領地は幕府に奉還いたしますから、幕府の直轄事業として、堰の工事を進めて完成させていただきたい」と申し入れたのだった。
a0290852_9242713.jpg彼の思いは幕府に聞き入れられ、1673年、幕府直営工事として再び着工され、幕府の直営とあってはお隣の吉良殿も手出しはできず、「御用旗のもと僅か17日間で全長1557間半(2,831メートル)、水
路幅一間半(2.73メートル)の水路が完了しました。


磯部村民は一身を犠牲にし、村民を救った大恩人と仙石公に深く感謝し、その徳を讃えて稲葉大権現として祀り、石祠を建立しました。石祠は、その後建立された頌徳碑と供に、安中市の指定史跡となっております。

仙石公の頌徳碑(現安中市磯部1丁目)
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時は移り、平成の時代となった今でも、毎年4月に安中磯部土地改良区主催で祭典を行い、仙石公及び先祖代々、人見堰を守り続けた人々に感謝の気持ちを捧げ、併せて農業の繁栄を祈念しております。
その様子
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人見堰の工事現場の画像などはあるはずもないが現在の人見堰の画像はある。

碓氷川から取水するところは、安中市松井田町二軒在家(それとも高野谷戸=こうやがいと)
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このあたりは、江戸時代は人見村だったが、現在は町村合併で安中市に属している。
この取水所のことをどんな意味か知らないが「ピーア」と呼んだ。
先日甥にその話をしたら、甥は、今でもピーアっていうよと言っていた。

途中、県道213号と交差する部分(磯部変電所西)(カメラは北向)
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この県道213号の側溝にはこの堰からの水が勢いよく流れていたのを覚えている。

人見堰の終点、中央のガードレールのあたりで、柳瀬川と合流する。(カメラは南向)
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向こう側の山は碓氷川段丘の上段の土手になる。柳瀬川は遠く妙義山のあたりからの水だと古文書には書いてあるが、水量は少なく上流で、田植えをすれば下流には水は流れなくなる。

綺麗な水の流れる川だが、ひとたび大きな夕立が来るとすぐにあふれる川だった。
昭和30年代の参考画像、
この川の下流に碓氷川から水を引くという物語でした。モデルはこの群馬男です
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他国者

この話はとはどの地方の話なのでしょうか。
磯部(いそべ)は、群馬県安中市の地名なのです。
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群馬男

この話は、私、群馬男の生まれ故郷の、今から350年前の話です。

私生まれも育ちも上州です、上州、上州と申しましてもいささか広うござんす、上州は西の隅っこ碓氷ごおりは磯部の生まれにござんす・・・・ということで、このブログにも時々書いているように磯部の生まれです。
今回の堰の水は、俺んちよりも下流の話で、水は上流の方側に隣の村から引く話なんで直接は関係なかった話だし、この時代にはまだ俺んちはなかった。
俺んちはこの地で一家を構えて百姓を始めてっからまだ10代目くれぇだから、まだ新参者なんさ。

他国者は俺んちのあたりのこたぁあんまり知らねぇようなんでついでにこけぇ書いとくけど、俺んちは群馬県の真ん中へんにある高崎(これくれぇは知ってるだんべぇ)から昔だったら軽井沢の方っつったんだけど、いまじゃぁ汽車が横川までっきゃいかねぇんだ、あの碓氷峠に向かう中間に磯部っつう温泉のある駅があるんだ。俺んちはその街で百姓をやってるんサ。今じゃ安中市だけど。
大雑把な場所は、その遠足マラソンの国道18号と、有名になった富岡製糸場のちょうどまんなかあたりの話なんさぁ。

俺が一番書きたかったんは、忠臣蔵は赤穂の話だと思っていたら、あの吉良上野介が俺んちの隣村にいて(20代半ばころ)、名前に上野(こうずけ)の字が入っていたので、なんでかなぁと思っていたが、やっぱりこの人は群馬に縁のある人で、釈だけどやっぱり意地の悪い人だったことと、磯部のあの堰にこんな歴史があったっつうことだ。

他国者

知りませんでした。調べたら・・・・

忠臣蔵で有名な吉良家は、現在の藤岡市白石に七百十二石を領し、慶安3年(1650年)から元禄16年(1703年)までここに陣屋を置きました。

吉良上野介の陣屋跡には、領主吉良若狭守の正室が、伊香保温泉に湯治した帰途、この屋敷に滞在して上野介義央を産んだとされ、産湯を汲んだと云われる井戸(下の写真)が残っています。井戸水は毎月1回赤く染まったことから「汚れ井戸」と呼ばれ、飲料水にはしなかったと云われています。

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群馬男

他国者も群馬県のことがちったぁわかってくれたんだんべぇか?




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# by gunmaotoko | 2017-03-20 20:05 | Trackback | Comments(0)


群馬で生まれ群馬で育った男のブログ 今は故郷を離れ遠くの町から  こよなく群馬を愛する男と、群馬を全く知らないひととのブログです。


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